加越屋徳兵衛の電車大好き~浅電な日々~

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あれから一年...そして、あかりのお話

あの日からもうすぐ一年が経過しようとしています...

あの日あの時、皆さんはどうしていましたか?仕事中だったり、移動中だったり...
あの日、僕は取引している銀行にいました。少し揺れたかな????ホントそんな感じでした。まさかあんな事態になるなんて...思いませんでした。閉店時間は過ぎてましたが支店長さんといろいろ話をしていると...「大変なことになってる!!!」と...すぐに銀行のロビーのTVを見ると...津波の映像が...


あれから一年...皆さんはどう変わりましたか?


人はいつからこんなに明るい生活に慣れてしまったのでしょう?
田舎の金沢でさえ郊外から市内の夜景を見ると煌々と輝いています。東京や大阪はその数十倍いや数百倍なんでしょうね。去年、あの震災前に東京へ出張で行った際、帰りの飛行機から見た東京の夜景を思い出しました。窓からは無数の明かりが一面に拡がっていました...

人はいつからこんなに明るい生活になれてしまったのでしょう?
僕が小学生の頃...中東の石油危機が原因で、東京のイルミネーションが消えたりTVの深夜放送が
自粛されたり...でもすぐに元に戻って、もっと明るくなってしまいました。僕が生まれた頃、オリンピックや万博があった高度経済成長の頃...日本人は明かりを手に入れました。それも今までにはないほどの明るさです。オフィスや店舗は煌々と光り輝き...そして、僕たちの住む住宅も光り輝く時代になりました。深夜営業のお店が...24時間オープンのお店はこの30年で金沢にどれだけ増えたでしょうか?30年前、深夜12時まで営業のファミレスがオープンした時...びっくりしました。学生時代に名古屋に住み24時間営業のお店が当たり前になりました。そして、社会人になり光が消えることがない東京へ...

人はいつからこんなに明るい生活になれてしまったのでしょう?
昔...40年以上昔の話です。母の故郷の福井県大野市の山あいの村へ行ったことがありました。ちょうど盆踊りの頃...村には各地から里帰りしたひとたちがいっぱいでした。夜には盆踊りが分校のグランドでありました。はだか電球が灯り、それからクルマのヘッドライトでグランドを照らして踊りの輪ができました。踊っているみんなの顔がすごく楽しそうだったことを今でも思い出します。その時はすごく明るかった気がするのですが...今と比べるととても暗かったのでしょうね。そのあとすぐにその集落も学校も...そして人々も無くなってしまいました。

人はいつからこんなに明るい生活になれてしまったのでしょう?
昔の日本人は月の明かりや星の輝きを愛でながら生活をしていました。昔...と、言ってもほんの4~50年ほど前のことです。今は必要以上に光を使っている...そう思えてなりません。光だけではありません。生活のあらゆるものがそうなのではないでしょうか。戦後の「何もない」状況から、高度成長期の頃の「少しある...」という状況...そして「たくさんある...」という状況。今はみんなが「欲しいものを探す...」そんな時代になったのではないでしょうか?たくさんあることが幸せ...そんな考え方が幅を利かせているのではないでしょうか。

人はいつからこんなに明るい生活になれてしまったのでしょう?
人は明るい光を手にいれることはできました。でも、何かもっと大事なものを無くした気がしてなりません。


もうすぐ一年が経つ...だからこそ自分の身の回りをもう一度見直したいものです。
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by kaetuya55 | 2012-03-09 19:33 | 日々の出来事