加越屋徳兵衛の電車大好き~浅電な日々~

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カテゴリ:金沢の町家( 12 )

金澤に住む~街中に住むといふこと~

私、加越屋徳兵衛は金沢市内でマンションのリフォーム・リノベーションの専門工事業者をしています。
今日は毎日の仕事を通して思ったことを...

金澤って街は戦災にも地震などの災害にも遭っていません。金沢の旧市内...お城を中心にした浅野川と犀川の間の区域...には江戸から明治に建てられた町家が数多く残っています。また長町には立派な土塀と共に武家屋敷が保存されています。
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多くの町家には通り庭(土間)があり、前室から座敷へ続く伝統的な設えが施されています。
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これら町家の建物としての構造は一見古臭いと思われがちです。でも現在のライフスタイルにもある意味マッチしている点が多く見られます。
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例えば...この通り庭(土間)などは段差が大きくバリアフリーではない...と、思われます。しかし靴を脱いだり履いたりするときにはこの段差に腰掛ければラクラクです。また、これだけ大きな土間スペースは多目的に活用ができます。
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また、引き戸で区切られた居室などは普段は引き戸を開放し大きく使い、必要に応じて戸を閉めて細かく区切って使うことができます。

現代の住宅は一戸建て住宅もマンションもデザインは無機質になり、壁やドアで区切られた個室が多くなって、家族であってもつながりが希薄になっています。昔からの町家のデザインって人の気配やつながりを感じることができていいんじゃないかな...そう思います。ちょっと古臭いかもしれませんが、加越屋はお客さんにこんな提案をしています。
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by kaetuya55 | 2012-06-29 17:58 | 金沢の町家

経田屋米穀店

昨日のオフに金沢の街中をブラブラ...後半はふらふらでしたが(^^ゞ

あの暑さの中歩いたのが...
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東山にあるひがし茶屋街です。この通りは有名です。平日で観光客も少なめでした。
で、この通りの一本浅野川寄りの通りにあるのが...
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経田屋米穀店です。
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切妻、平入りの2階建てで、向かって右側に通り庭(土間)が配されている典型的な金沢の町家建築です。
商家なので1階店先正面には蔀(しとみ)戸と庇下の下がり壁が施されています。2階には格子窓と袖卯建(うたつ)、大屋根軒先には風返しが...明治後期の建築ですが江戸期の町家の特徴がしっかりと残っています。

まだまだ現役のお米屋さんです。
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by kaetuya55 | 2012-06-28 13:21 | 金沢の町家

鶴来の街並み

ちょっと前に撮影した写真をアップしていなかったので...

GWの連休に行ってきた白山市鶴来の街並みを紹介します。

鶴来は金沢市内からクルマで30分ほどの山あいの街です。
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白山信仰の総本山で知られる白山比咩神社を中心に開けた街です。
加賀平野の真ん中を流れる手取川の扇状地のちょうど扇の要にある街です。
白山麓から切り出される材木の集積地としても栄えました。

街中には江戸時代からの町屋が数多く残っています。
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これは...
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旧小松屋幸右衛門邸です。今は「横町うらら館」と言う観光案内所になっています。
7代目小松屋幸右衛門が天保3(1832)年に現在も残るこの家を建てました。
平成8年に十四代目当主が生活の本拠を町外に移すのを機会に、旧鶴来町が建物を譲り受け、
無料休憩施設として運営開始いたしました。
それにしても...十四代当主って...すごい!
何でも初代は慶長年間(1600年ころ)にこの辺りに移り住んできたとのこと...
って...関ヶ原の合戦のころですよ...そうです!今年の大河ドラマの時代です!

つぎは...
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鶴来で昔から醤油の醸造をしていた「高田醤油」さんです。
今はのぼりにもあるようにお店の中の囲炉裏端で十割蕎麦を出してくれます。

それから...
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ここもお醤油屋さんとして100年以上の歴史がある「吉田屋」さんです。
「プロだし」のブランドで全国発送もしています。詳しくは楽天市場を...

建物から推察するに昔は商家だったのでしょう...
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鶴来では民家がこんな感じで普通に残っています。すごいでしょ!

で...鶴来といえば...やっぱりここ!
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今や全国ブランドにもなった加賀の菊酒!「菊姫酒造」さんです!
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お店の前にはこんな大きな看板が!
お~っとJessicaさん看板見ただけで涎が...ふきふき(笑)

鶴来の街は狭い街並みにギューッと江戸時代の雰囲気が詰まっています!
有名どころではないのですが...一度、歩いてみてください。
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by kaetuya55 | 2011-06-18 09:24 | 金沢の町家

旧北国街道 春日町地内 坂戸米穀店

金沢から江戸に向かう旧北国街道... yuka-runnerさまご近所ネタです。
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その金沢の北の端「大樋の松門」に現役の米穀店として現在も営業しているのが
「坂戸米穀店」です
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何だかドラマ・映画のセットのような建物ですが現役のお米屋さんです。建築年は不明ですが江戸時代1846(弘化3)年の大火の後の建築と推定されます。
建物は正面柱間5間(桁行9.17m)の間口ですが、柱間3間と2間の2棟の建物を1棟として利用する特徴的な形態をとっています。袖壁がそれぞれの柱間の両端に付くことから、外観は一見すると別々の建物に見えます。
また建物の表構えには古い町屋の特徴である蔀(しとみ)や一階庇(ひさし)下のサガリが残されています。蔀とは町屋の前面にはめ込む横戸のことです。夜は柱の溝にはめ込み閉めて、営業をする昼は外して開けます。
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建物正面の左側の蔀にはくぐり戸が残されています。またウダツもちゃんと残っています。
旧北国街道の雰囲気を今に感じさせ、江戸時代の町屋を完璧に近い形で残しています。
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by kaetuya55 | 2011-03-23 20:18 | 金沢の町家

金沢・彦三町界隈 町屋

金沢は京都などと同じく戦災に遭っていない街です。
街中には古い寺院や武家屋敷など歴史的建築遺産がいっぱいあります。
そして、街中には築100年を超える明治~大正期の木造家屋が多く
残っています。
この金沢・彦三町(ひこそまち)界隈にも多くの古い木造町屋があります。
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窓サッシなどの一部外回りは改修されていますが間違いなく大正~昭和初期に
建築された建屋です。ここは旧北国街道沿いです。
今は、誰も住まなくなり荒れ放題って感じです。確かに現代のライフスタイル
を考えると住むには大幅な改修を加えなければなりません。

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この建物は江戸末期から明治初期に建築された町屋です。
典型的な商人が住む「金沢町屋」のひとつです。
一階の細かい出格子に漆喰壁、雪を防ぐために大きく出た軒先...
屋根は黒い日本瓦で当時は板葺石置き屋根が多かったことを考えると
結構な富裕層の自宅と考えられます。

この建屋も今は住む人が不在で隣との境の壁が朽ちかけていました。
所有者による改修が困難な場合、市など自治体での早急な対策を望まれます。
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by kaetuya55 | 2011-03-23 08:47 | 金沢の町家

金沢散歩   主計町茶屋街

ひがし茶屋街から浅野川を渡って主計町(かずえまち)茶屋街へ...
ここまで来ると、もう完全に観光客です(笑)
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「主計町茶屋街」は「ひがし茶屋街」「にし茶屋街」と並ぶ金沢の三大茶屋街です。
浅野川に沿ってお茶屋さんが並んでいます。
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規模は他のふたつの茶屋街には及びませんが、風情は一番ではないでしょうか。
...と、言いながらも加越屋には全く縁がありません...(笑)

下新町から主計町に下る「あかり坂」です。
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こんな感じでクルマが入れない...人の行き来も狭い小路が縦横に入り組んでいます。
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これは芸姑さんの置き屋さんの事務所...検番かな...
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ここは他のふたつの茶屋街より観光客の少ない穴場的なスポットです。
加越屋がイチ押しの観光スポットです。どうぞ一度来まっし!
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by kaetuya55 | 2011-03-22 19:39 | 金沢の町家

金沢散歩   ひがし茶屋街

昨日、お客様の所に行ったついで...どっちがついでかは...
東山の茶屋街に足を伸ばしました。カメラ片手に完璧な観光客!!!
先ずは、ガイドブックで有名なアングルです...
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手を繋ぐカップルが何だか「るるぶ」っぽく写っているでしょ...(笑)
少なくなりましたが今も営業しているお茶屋さんがあります。
(加越屋には全く縁がありません...)
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こっちは「まっぷる」ってトコでしょうか...ははは

この20年ほどでこの辺りも電柱の地中化や石畳の敷設など整備されました。
金沢でも一番の観光地ですからねぇ...市も気合が入っています。

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メインの通りを一歩入ると細い路地が...そんな中、何だか懐かしいお店が
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昔ながらの駄菓子屋さん...店番で大昔のお嬢さんが居そうな雰囲気です。

そんな東山の中でひと際目立つのが...金沢の洋食の名店
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「自由軒」です!ここのオムライスが絶品!一度ご賞味あれ!
高校生の頃よく行ったなぁ...綺麗な芸姑さんも来てたんですよ...
あっ、もちろんお化粧前の普段着の芸姑さんです...はい。

そうそう...ハピネスさん!見つけましたよ...こんなもの!
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そして...こんなモンも...
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旦那さんが絶対に欲しがりそうなモノだと思うのですが...

休みの日でしたが通りも近江町市場もガラガラです。
もちろん観光って気分じゃ無いのでしょうが...このまま続くと観光地は
深刻なことになってしまいます。被災地以外のみなさん!過度な自粛は止めて
適正な消費を心掛けませんか!景気を回復させて、被災地の復興を図りましょう!
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by kaetuya55 | 2011-03-22 18:48 | 金沢の町家

金沢市西町「旧園邸」

サンプルと見積書をお客様にお渡しして...行ったのは
すぐ近くの「旧園邸」です。
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1918(大正7)年建築の近代和風建築の町屋です。
外観は武家屋敷にあるような長屋門を思わせる門と塀が重厚さを
際立たせています。塀から母屋の張り出し部分に連なっている意匠は
奥の本屋根の切妻とマッチしています。
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門をくぐり正面の玄関を見ると、典型的な明治から大正にかけての金沢の
和風建築の風情がしっかりと残されています。
この建屋の茶室は立派なもので、地元で羽二重商を商っていた本郷長次郎氏が
この邸宅を建築した際に表千家家元の指導の下、設えたそうです。
その後、この住宅を所有した園酉四郎氏夫妻が住居としていましたが
夫妻が亡くなった後、その遺志により金沢市に寄贈されました。
現在は茶会の貸席として一般に開放されています。
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by kaetuya55 | 2011-03-21 15:53 | 金沢の町家

福久屋石黒傳六商店

「福久屋石黒傳六商店」は...
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金沢市尾張町の大通りに面して建つ古くからの薬屋さんです。
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嘉永5(1852)年建築の低二階建て町家です。ちなみにペリーの黒船来航の2年前です。
大屋根は腕木構造で1階には下がりが残り、2階正面の壁は白漆喰塗りごめの虫籠窓
(むしこまど)になって袖壁がついています。
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軒先の瓦屋根には家紋が...
正面には薬商の大きな古い看板が今も残されています。
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そして正面玄関上には大きな吊り下げの看板照明が...昔はガス燈だったのでしょう。
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金沢には江戸期の商家・町家・武家屋敷がまだまだいっぱい残っています。
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by kaetuya55 | 2010-12-02 11:27 | 金沢の町家

野坂氏住宅 長屋門および土塀

金沢市彦三町にある彦三緑地まえにある加賀藩藩士の住宅です。
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江戸時代からの遺構は敷地正面の長屋門と土塀です。
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典型的な江戸時代の加賀藩中級武士の住宅です。

金沢でも有名な長町の武家屋敷あとがありますが...市内にはあちこちに武家屋敷跡が
点在しています。ここもそのひとつで旧彦三一番丁・母衣町地区です。
この屋敷の前にある「彦三緑地」も旧藩士「遠田家」の屋敷跡でした。

敷地内にある母屋は明治~昭和にかけて建てられた住宅と思われます。
これもその当時の近代建築の影響を受けた漆喰と下見板貼りの仕様で和洋折衷の住宅です。

野坂氏は加賀藩「新番組御歩小頭」でした。知行は200石取りです。地位は「平士並み」で殿様にも
御目見えが許される身分だったようです。
200石の知行取りというのは、米200石が生産される領地を与えられることです。
領地を与えられるといっても、地主や領主という意味ではなくて、生産地からの年貢がもらえる
というだけです。 農村には、自分の知行地(領地)だからといって、武士がかってに入ることは
禁じられていたようです。 
当然ながら200石すべてが与えられるわけではなく、仮に四公六民とすれば40%の80石(玄米で)
がもらえ、あとの120石は領民の取り分となります。
年貢率の決定や年貢の収納などの行政は藩がすべておこない、藩士は自分の取り分を受け取る
だけです。この代行作業をおこなうのが加賀藩の事務機構である「御算用場(おさんようば)」でした。

野坂家の場合...
実際の年収は80石です。そのうち10石は自家消費するお米ですから残りが70石...
現在の貨幣価値で1石=10万程度と考えられますので...700万くらいでしょうか。
でも、その中で一族郎党と使用人を養うわけですから...おまけに、冠婚葬祭や四季折々の行事...
などなど...そう考えると...とても厳しい!

もっと詳しく知りたい方は...12月から公開される映画
「武士の家計簿」
をご覧ください。
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by kaetuya55 | 2010-11-23 12:41 | 金沢の町家